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  • 執筆者の写真江益 凛

短編『せめて、ハッピーエンド。』後編

この物語は、

私の物語である。

そして、

この物語は全部嘘である。

これは、私が、

私のためについた嘘のお話。



****



私が『君』を連れ回すようになった理由を

話そうと思う。



理由と言っても簡単だ。

私は、君のことが

好きだからである。

一年の頃から

好きだったからである。

理由はとっても簡単だ。

一目惚れしたからである。



だが困ったことに

私にはすでに彼氏がいたのだ。

飛んだビッチ野郎だ。

なぜ私に彼氏がいたのか

説明しようと思う。

あれは、

高校2年の文化祭の出来事であった。



私のクラスは文化祭で劇をやった。

彼氏は主演で、私は脚本家だった。

脚本家として、

彼のお芝居の練習にずっとついていた。



人間というものは単純だ。

一緒にいる時間が長くなればなるほど、

その相手に興味を抱くようになる。

そしていつしか

それは好意に変わっていく。



文化祭の最終公演が終わったカーテンコールで、

私はみんなの前で告白された。



正直、全く好きではなかった。

でも、これからも一緒に

生活していく集団の前で告白されて、

それを断った時、

一体どうなってしまうのか、

考えるだけで恐ろしくなり、

承諾せざるを得なかった。



運が悪いことに、

その彼氏はいわゆる

「モテる」男だった。

文化祭の劇で主演を張るような男なのだから

当たり前だ。

そして、

彼氏を好きな生徒の中に、

私の所属していた部活のリーダーがいた。



そこからいじめに発展することなど、

女社会を生きている人間にとっては

容易に予想できることだった。



なぜ彼氏と別れなかったのか。

きっと、

理解されないであろうことだが、

言い訳だけはしようと思う。

彼氏との関係が、

私と集団生活をつなぎとめるものだったからだ。

彼氏と、彼氏の周辺の人間を失ったら、

私はとうとう独りになる。



怖かった。



疲れてしまった。

こんな面倒な人間関係に。



もう、何度目だろう。

君の隣でこの文章を書くのは。

君を連れ回したのは

私の勝手な片思いのせいだ。

許してほしい。

でも、我慢できなかった。

君と二人でいる時間だけが、

私が自由に生きていられる時間だった。



この間、文芸部の顧問に言われた。

「作品提出が君だけだったら、

今期の部誌は休刊する」って。

誰も、

書く気がないのなんてわかっていた。

この文章が誰にも届かないことも。

でも、それでよかった。

 もう、どうでもよかった。

吐き出すことに、

意味があったから。



年内最後の通常日課。

君は知らないだろうけど、

その日の朝、彼氏に振られた。

好きな人が出来たらしい。



私は自由になった。

そして、

私の世界が終わった。



その日も私は君を連れ回した。

自由になった私はどうかしていたらしい。

君に告白をしてしまった。

彼氏と別れたその日に

違う人に告白する人間が

どこにいるだろうか。

普通に、みんなと同じレールの上を進んで

生きている人間ならドン引きだ。



……君もそうだった。



責めるつもりは微塵もない。

それが人として正常の反応だから。

むしろ、安心したくらいだった。

もう、とっくに、

私の世界は終わっていたのだ。

それでも君は、

私に夢をみさせてくれていた。

だから、

ありがとうって、

それだけが口からこぼれた。



 ****



年が明けて。

私は学校に行けなくなった。

代わりに塾に通っている。



今朝、雪が降ったんだって。

私は見ていないけれど。

でも、所々、

地面が凍結しているのを見ると、

雪が降るほど寒いんだなあと思う。



そうそう。

私の通学路には、歩道橋がある。

夜は通行量が少ない。

塾の帰り道、

そこから下を眺めるのが日課だった。

ここから降りたら、

死ねるのだろうか。と。

でも、

私にはそんな勇気もなくて、

バカバカしくなって、

階段を駆け下りるのだ。

わーって、騒ぎながら。



もしこの文章を君に送ったら、

君は歩道橋に来てくれるのだろうか。



そんなことを少し考えてみた。



もし、君が、

歩道橋に来てくれたら、

きっと私は恥ずかしくなって

階段を駆け下りるのだ、

わーって、騒ぎながら。

もし、君が、

歩道橋に来なかったら、

きっと私は恥ずかしくなって

階段を駆け下りるのだ、

わーって、騒ぎながら。



どちらにせよ、君のことを考えて、

私の頭は幸せなお花畑なんだろうと思う。



私はね、ハッピーエンドが好きなんだ。

人生って、ほら、

辛いことばっかりじゃない?

だからね、

せめて、

物語の中だけでも、

幸せでいたいんだ。



だから、きっと、

この物語の主人公は、

たとえどんな結末だろうが、

ハッピーエンドを迎えるんだと思う。



きっと最後には君が歩道橋に来てくれる。

それがこの物語のハッピーエンドだ。



最高のハッピーエンドだ。



そうだ。

最後に、念を押そうと思う。



この物語は、

私の物語である。

そして、

この物語は全部嘘である。



これは、私が、

私のためについた嘘のお話。

全部全部、嘘のお話。



Fin

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